経営者プロフィール
大江 優氏/株式会社Mys 代表取締役。大学卒業後、大手広告代理店でテレビCM制作などに携わる。心身の不調により退職し、社会から離れた時期を経験した後、就労継続支援A型事業所の支援員として福祉現場へ。2024年8月に株式会社Mysを設立し、2025年5月に就労継続支援A型事業所「Mother’s Port」を開所。働くことに不安を抱える人が心を休め、次の一歩を踏み出せる場所づくりに取り組んでいる。
株式会社Mysは、大阪市中央区で就労継続支援A型事業所「Mother’s Port」を運営する企業だ。
2024年8月に設立され、2025年5月にMother’s Portを開所。EC物販商品の撮影、画像処理、梱包、納品代行などを生産活動としながら、働くことに不安や迷いを抱える人が、もう一度社会との接点を取り戻していくための支援を行っている。
社名の「Mys」は、スウェーデン語で「心地よく満たされている状態」を意味する言葉。公式サイトには、働くことに不安を抱える人が心を休められる「港」を提供し、ときには灯台守として次の航路を照らす存在でありたいという思いが記されている。
代表取締役の大江優氏は、新卒で広告業界に入り、テレビCM制作などメディア・映像の現場に携わった。その一方で、過酷な労働環境の中で心身の調子を崩し、社会から離れた時間も経験している。その後、就労継続支援A型事業所の存在を知り、支援員として現場に入ったことが、現在の事業の原点となった。
福祉サービスに対する心理的なハードルを下げたい。利用者が働く力を取り戻すだけでなく、来る前よりも自分のことを好きになれる場所をつくりたい。創業から1年を迎えるタイミングで、事業を始めた背景、支援観、組織づくり、採用・経営課題、そしてA型事業所のこれからについてうかがった。
福祉サービスを、特別な場所ではなく「選択肢」として届けたい
ーーまず、現在の事業内容を教えてください。
大江優: 大阪市中央区で、就労継続支援A型事業所「Mother’s Port」を運営しています。障がいのある方や、働くことに不安を抱えている方と雇用契約を結び、働く機会を提供しながら、社会復帰や自立に向けた支援を行う事業です。
生産活動としては、EC物販商品の撮影、画像処理、梱包、発送・納品代行などを行っています。中古カメラなどの商品を扱う業務もあり、利用者さんが実際の仕事に近い形で作業経験を積めるようにしています。
事業所として大切にしているのは、福祉施設に対する心理的なハードルを下げることです。福祉サービスというと、どうしても「閉鎖的」「特別な人だけが使う場所」というイメージを持たれやすいと感じています。でも、本当はもっと身近な選択肢であっていい。精神的な不調で働き方に悩んでいる人に、「こういう場所もあるんだ」と知ってもらいたいです。
ーー「Mother’s Port」という名前には、どのような思いを込めていますか。
大江優: 社名のMysは、スウェーデン語で「心地よく満たされている状態」のような意味合いを持つ言葉です。北欧では、メンタルヘルスや幸福度、生活の心地よさを大切にする価値観があります。日本では、働くことに対してすごくストイックになりすぎる部分もあると思うんです。
Mother’s Portは、働くことに不安や迷いを抱える人が心を休められる「港」のような場所でありたいと思っています。ときには灯台守のように寄り添い、次の航路を照らす存在でありたい。そんな思いを込めています。
自分自身が苦しんだからこそ、同じような人の力になりたかった
ーー大江さんご自身は、どのような経緯で福祉業界に入られたのでしょうか。
大江優: 新卒では広告業界に入り、テレビCMの制作などメディアや映像に関わる仕事をしていました。もともと憧れていた仕事でもありましたが、現場はとても忙しく、不規則な生活も続きました。その中で心身の調子を崩してしまい、入社してから2年ほどで退職することになりました。
その後、社会から少し切り離されたような時間を過ごしました。「自分は社会に何も貢献できていないのではないか」という思いもありましたし、自己嫌悪に近い感覚もありました。
2年ほど経った頃に、このままではいけないと思い、新しいことに挑戦しようと求人を見ていたとき、就労継続支援A型事業所の存在を知りました。精神的につらい方や、障がいのある方の社会復帰を支援する仕事だと知って、自分の経験と重なる部分がありました。「これはやってみたい」と強く思い、支援員として働き始めました。
ーー支援員として働いた経験は、現在の事業にどのようにつながっていますか。
大江優: 現場で働く中で、利用者さんの言葉に強く心を動かされたことがありました。ある方が、難病の診断を受けたときに「もう人のために何かをすることはできない。これからは人に助けてもらうことしかできないのかもしれない」と感じ、生きる意味を見失っていたと話してくださったんです。
でも、その方は事業所で働き始めて、「自分にもできる仕事がある」と感じられるようになった。そして「この場所が自分の生きる理由になった」と言ってくださいました。その言葉は、今でも深く残っています。
私自身も、働けなくなった時期がありました。だからこそ、働く場所があること、誰かと関われること、自分にも役割があると感じられることの大きさは、すごく実感があります。Mother’s Portも、利用者さんにとって生きる活力の源になるような場所にしたいと思っています。
支援のゴールは、入社前よりも「自分を好きになれる」こと
ーー利用者さんと向き合ううえで、特に大切にしている支援観を教えてください。
大江優: 私が大切にしているのは、利用者さんが入社前よりも「自分自身のことを好きになれる状態」に近づくことです。
働くことに不安を抱えている方の中には、体調不良で休んでしまったり、うまくできない経験が続いたりして、自信を失っている方も多いです。そこで責められたり、否定されたりすると、さらに外に出ることが怖くなってしまいます。
だから、体調不良で休んだとしても責めない。できたことにはポジティブなフィードバックをする。少しずつ「自分にもできる」「ここにいていい」と思える経験を重ねてもらうことを大切にしています。
ーー印象に残っている現場のエピソードはありますか。
大江優: 以前は寝込んでいることが多かった利用者さんが、事業所で働き始めて、お給料でお母さまに食事をプレゼントできたという話がありました。そういう瞬間を見ると、この場所をつくる意味があると感じます。
働くことは、単にお金を得ることだけではありません。自分の役割を感じること、家族に何かを返せること、誰かとつながっていると感じることにもつながります。A型事業所は、そういう経験をもう一度取り戻していく場所でもあると思っています。
紙の業務が多い業界だからこそ、現場をデジタルで軽くしたい
ーー運営面では、デジタル化にも力を入れていると伺いました。
大江優: 福祉業界に入って感じたのは、紙ベースの業務が本当に多いということです。もちろん記録や制度対応は必要ですが、現場の時間が書類に取られすぎてしまうと、本来向き合うべき利用者さんへの支援に時間を使いにくくなります。
Mother’s Portでは、QRコードを使った体調管理や出勤管理、モニターを使った業務の可視化など、できるところからデジタル化を進めています。現場の状況を全員で共有しやすくすることも意識しています。
スタッフとは毎月面談を行っています。また、日々の現場の状況を共有するために、一定時間で消えるチャットツールも活用しています。利用者さんの様子や、支援の中で気づいたことを、特定の人だけが抱え込まないようにしています。
支援は一人で完結するものではありません。利用者さんの状態は日々変わりますし、関わるスタッフによって見える面も違います。だからこそ、情報共有を仕組みにしておくことが大事だと思っています。
理念を理解し、現場を一緒につくれる人と働きたい
ーー組織づくりや採用で大切にしていることを教えてください。
大江優: まだ創業から間もない会社なので、私自身がすべての面接に関わっています。採用では、スキルや経験も大事ですが、それ以上に理念を理解して現場に立てるかどうかを見ています。
Mother’s Portでは、利用者さんを「支援される人」としてだけ見るのではなく、一人の人として関わることを大切にしています。働く力を取り戻す場所であると同時に、自己肯定感を取り戻す場所でもある。そこに共感できる方と一緒に働きたいです。
面談時点では、利用者さんは内定者を含めて14名ほど、職員は支援員が4名ほどの体制です。採用には人材サービスも利用していますが、予算の制約もありますし、採用は簡単ではありません。だからこそ、面接は私が直接行い、価値観のすり合わせを大切にしています。
ーー候補者に伝えたい、Mother’s Portで働く魅力は何でしょうか。
大江優: 一つは、利用者さんの変化を近くで見られることです。体調が安定してきた、少しずつ通えるようになった、できる仕事が増えた、家族に何かを返せた。そういう変化に関われることは、この仕事の大きなやりがいだと思います。
もう一つは、新しい事業所だからこそ、仕組みづくりにも関われることです。デジタル化や業務改善も含めて、現場をよくする余地がまだたくさんあります。決まったやり方をただ守るだけではなく、利用者さんにとってもスタッフにとっても心地よい環境を一緒につくっていける人に来ていただきたいです。
黒字化と、利用者に寄り添う支援。その両立がいちばん難しい
ーー経営者として、現在いちばん大きな課題は何ですか。
大江優: 今の最大の目標は黒字化です。オープンから1年を迎えるタイミングですが、利用者さんの意向や体調に寄り添う支援を大切にしようとすると、どうしても給付費の面で難しさが出ることがあります。
A型事業所は、利用者さんと雇用契約を結び、賃金を支払いながら運営します。支援の質を高めたい、利用者さんの状態に合わせたいという思いと、事業として継続していくための収益性をどう両立するか。そこは本当に難しいところです。
ーー収益改善に向けて、どのような取り組みを考えていますか。
大江優: ビジネスマナー研修の導入や、一人ひとりに合わせたサポートの強化などを進めています。一般就労へ移行できる方を増やしていくことは、利用者さんにとっても事業所にとっても重要です。
また、会社説明会を動画化したり、選考プロセスを整えたりすることも考えています。自分一人で抱え込みがちなところがあるので、他のスタッフに役割を委譲できる体制づくりも課題です。仕組みをつくらなければ、事業は広がりません。
業界全体で見ると、現場の業務負担や制度対応の重さも感じます。紙の書類やアナログな運用が多く、効率化できる余地は大きいと思います。それから、福祉業界は横のつながりが少ないと感じる場面もあります。私は別の業種から入ってきたので、なおさらネットワークの少なさを課題に感じています。
A型事業所のモデルケースになる。多様な仕事に触れられる場所へ
ーー今後3年、5年で、Mother’s Portをどのような事業所にしていきたいですか。
大江優: 就労継続支援A型事業所のモデルケースになることを目指しています。単に事業所数を増やすというより、A型事業所として「こういう運営ができるんだ」と思ってもらえるような形をつくりたいです。
今はEC物販に関わる生産活動が中心ですが、将来的には接客など、異なる業種の仕事にも取り組めるようにしたいと考えています。利用者さんによって向いている仕事は違います。だからこそ、いろいろな職業に触れられる事業所を展開できたらと思っています。
ーー最後に、求職者や利用者・ご家族、同業の経営者に向けてメッセージをお願いします。
大江優: 求職者の方には、利用者さんの人生に関わる仕事であると同時に、事業所そのものを一緒につくっていく仕事でもあると伝えたいです。決まった正解がある仕事ではありません。だからこそ、利用者さんに向き合いながら、現場をよりよくしていくことにやりがいを感じられる方と働きたいです。
利用者さんやご家族には、働くことに不安があっても、いきなり一人で頑張らなくていいと伝えたいです。福祉サービスは、社会から離れるための場所ではなく、社会ともう一度つながるための場所でもあります。Mother’s Portが、その一歩を支える港になれたらうれしいです。
同業の経営者の方には、支援の理想と経営の現実をどう両立するかという課題は、きっと多くの事業所に共通していると思います。だからこそ、横のつながりを持ち、学び合いながら、福祉サービスをもっと開かれたものにしていきたいです。
編集後記
大江氏の話で最も印象的だったのは、「来る前よりも、自分自身のことを好きになれる状態に導きたい」という言葉だった。就労継続支援A型事業所を、単に働く場所としてではなく、自己肯定感を取り戻す場所として捉えている。その視点に、Mother’s Portの支援観が凝縮されている。
大江氏自身、広告業界で心身の調子を崩し、社会との接点を失った時期を経験している。だからこそ、「働けない」「外に出られない」「自分には役割がない」と感じる人の苦しさを、理念ではなく実感として理解している。利用者が働き、お給料で家族に食事を贈る。そうした一つひとつの出来事を、社会とのつながりを取り戻す瞬間として見ていることが、この記事の核になっている。
採用広報の観点では、Mother’s Portの強みは「支援への共感」と「新しい事業所を一緒につくる余白」の両方にある。利用者に寄り添うだけでなく、QRコードでの体調管理や業務の可視化など、現場を軽くする仕組みづくりにも取り組んでいる。福祉の温かさと、経営・運営改善の視点を同時に持とうとしている点は、同社に合う人材へ伝えるべき魅力だ。
一方で、大江氏はきれいごとだけを語っているわけではない。黒字化、給付費、採用費、業務委譲、制度対応。A型事業所を継続するための現実的な課題にも向き合っている。支援の理想を守るために、経営を整える必要がある。その葛藤は、福祉医療介護業界の経営者にとっても身近なテーマだろう。
会社概要
TEL: 06-6335-9377 / 公式SNS: Instagram, TikTok, X / 2025年5月1日開所 / EC物販商品の撮影・梱包・納品代行等
公式サイトはこちら
※外部サイトへ移行します



